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雪が降っている。あまり水分を含まないそれらは、空をふわりと舞った後、彼の頬に落ちて消えた。冷たい、と微笑む彼を包み込むかのように白い吐息が漏れる。その光景は降り続く雪にとても映え、つい見入る僕に気付いた彼は、また頬を染めて、笑った。
彼は歩くのが遅い。だから彼と歩く時は少しスピードを落として、歩幅も揃えるようにした。
それでもつい先に進んでしまう時があって。僕が慌てて振り向くと、決まって彼はごめんと言って、小走りでこちらに寄ってくるのだった。
僕はそれがたまらなく好きだった。だから、わざと先に行ってみせて、駆け寄る彼を楽しむ悪戯なことを、しばしばした。
今ではそれが、とてもむかしのことのようで、懐かしい。
今日も雪が降っている。それらはやっぱりふわりと舞って、今度は僕の頬に落ちて静かに消えた。キラキラ光る雪が絶えず視界を邪魔したけれど、目の前を映す景色はいつもと変わらない。
普段なら穏やかな気持ちになるはずが、そうはならなかった。
振り向いても、彼の姿は無い。
解っていてもそうしてしまう自分と、当たり前のように写し出される現実に、僕は酷く失望して、雪に紛れて少し泣いた。
(そこにあるのは、白いレールに刻まれた、一人分の足跡だけだった。)
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