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  ――パリインッ。  陶器か硝子か、脆くて硬い何かが割れる音が響く。振り向くと、そこにいたのは気まずそうな顔をしたまま固まっている中年の男性。中肉中背、地蔵の如く穏やかな顔と坊主頭がトレードマークのカワベさんである。  カワベさんは私が見ていることに気がつくと、こちらを向き、今にも泣き出しそうな情けない苦笑いを浮かべた。頬の筋肉がひきつっている。その足元には粉々に砕け散った花瓶が。  私は、その持ち主を知っている。  割れる前はステンドグラスのように鮮やかな色彩を放っていた花瓶。何を隠そう、それは『あの』ニシザワさんが職場環境を美化する為に持ち込んだもの。言うなれば、ニシザワさんの私物である。 「え、え~と……」  カワベさんがモジモジしている。手に雑巾を握っているところを見ると、大方、棚の拭き掃除でもしていて花瓶を落としてしまったのだろう。カワベさんは絶望的におっちょこちょいなのだ。  狼狽しながら『ど、どうしましょう』と、尋ねてくるカワベさん。私に聞かれても困る。  普通は素直に謝りに行くべきであろう。私がそう言うと、彼はビクリと身体を固くして、 「で、でも『あの』ニシザワさんなんですよ?」  と言った。  そう、『普通』ではないのだ。対象がニシザワさんというだけで、事態は非常に深刻なものとなるのである。  何かを訴えるような目付きでこちらを見つめるカワベさん。  結局私はその後、カワベさんの必死な、それはもう必死な。泣き脅し、土下座、袖の下――何でもござれな説得に押され、二人で割った花瓶を隠すことに決めたのだ。  いくら気の毒とはいえ、馬鹿なことをしたものだと思う。なにせ、私はこの時点で共犯者となってしまったのだから。  しかも騙す相手は『あの』ニシザワさん。死んでいるのに言うのもなんだが、命がけである。  
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