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もうすぐ夏が終わろとする8月末、私は自転車で旅をしていた。
私は久保奈美 28歳
長年勤めた会社を辞め、一人旅の真っ最中である。
本来ならめでたく寿退社のはずであった。
ただ、相手の二股が発覚したのだ。
常務の娘と結婚するので内密に別れてくれだと!
私は会社を辞めた。
会社を去り際に奴に右フックを喰らわせてやった。
そういう訳で髪をバッサリ切り、自転車で一人旅を始めた。
体を酷使していれば余計な事を考えないですむと思ったからだ。
この1ヶ月間なにもなく順調に旅を続けている。
ある旅先の村の外れの酒屋の前の自販機前で休憩していた時だ
「兄ちゃんどこまでいくんだい?」
不意に背後から声がした。
年老いた酒屋の主人だ。
ぱっと見男に見えてしまう自分が恨めしい。
すっぽりと帽子をかぶってしまえば貧弱な胸と体格の良さで小柄な男に見えてしまう。
「あの山を越えていこうかと」
「今からだと途中で野宿になる。それに今晩は嵐になるから引っ返して宿をとったほうがいい。途中には民家はないからなぁ。それに」
「それに?」
「途中にある洋館なんだが幽霊が出るともっぱらの噂じゃ」
「ははっ、出たらぶっ飛ばしてやりますよ」
主人が止めるのを聞かず、私は山越を始めた。
男扱いされた事と、今までのうっぷんをはらすかのごとくペダルをこいだ。
今の私にはこの後に待ち受ける奇妙な体験を知る由もなかった。
やがて日が傾いた頃、天候が崩れてきた。
レインコートを着てやり過ごそうとしたが、益々悪化していった。
雷鳴が轟き嵐になった。
早いとこ嵐をやり過ごせる場所を探さないと大変な事になる。
暗闇の中、遠くに微かに明かりが見えた。
民家なのだろか?
この際なんでもいい、この嵐を避けられるのならば!
近づくにつれ大きな門が見えてきた。
古びた洋館が奥の方に見え、明かりがついていた
門にはインターホンらしきものは見当たらなく、仕方なく門に触れてみた。
開いた!
とにかく事情を説明して雨宿りさせてもらおう。
私は屋敷のドアを叩いた。
「どちら様ですかな?」
初老の執事らしき人が現れた。
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