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「――あ、す、すみません。これも買いますから」
一瞬だけ顔を上げて俺と目が合うと、その客の目から一筋の涙が零れた――気がした。
それを確認する間もなく、客はしゃがみ込むと、素手でその形を無くしたプリンを掴み容器に戻そうとした。
俺は、ペーパーを持ってレジ台から出ると、
「大丈夫ですよ。やりますから」
と客に、クリームが付いた指を拭くようにとペーパーを渡した。
俺が、それを拭いていると、客が思い出したかのように、また携帯を耳にあて
「もしもし、……ケンジ?」
と言って、相手に呼びかけたが応答がないようで、パタンと携帯を閉じる音が、後ろでに聞こえた。
「すみません……いくらですか?」
「――285円です」
「え……?その、落ちたのも払いますから」
「ああ、いいですよ。別に」
「そんなわけには……」
俺は何だか、謝ってばかりいるこの客が可哀想で、285円という安い同情をかけてあげたくなった。
「いいですよ。……早く、その――電話掛け直した方がいいんじゃないですか?」
お節介とは思ったが、言わずにはいられなかった。
その”お芋のプリン”を2つ選んだ、この客に、何故だかわからないが、親近感のようなモノがわいた。
もしかしたら、いつものあの客の事を思い出したから――なのかもしれない。
たかが、常連客ってだけで、挨拶すら交わしたことのないその客に親近感を抱くのは可笑しな話かもいれないが、一人寂しくこの深夜のコンビニで働く俺としては、そんな関わりすら、なんだか温かく感じていた。
「じゃ……すみません」
と言って、客は千円札を出すと
「おつりはここに」
とレジの傍らに常備されている箱を指差した。
――千円札……なんだか、逆に悪いことをしてしまったような気がする。
そして、1つしか入ってないビニール袋を持って、コンビニを後にした。
自動ドアをくぐる後ろ姿を見送り、
「――もしもし」
と言った客の言葉が、頭の中でリフレインした。
――ケンジ……
相手は男だったってワケか。
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