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一気にこれまでの記憶が蘇る。
真明は今日もまた安倍邸を訪れていた。
吉昌の式神・藤に、刀と体術の稽古の相手をしてもらうためだ。
そして、稽古の後いつの間にか寝入っていたらしい。
ここのところよく眠れていなかったせいだろうか。
いや、どのような理由があったとしても、他者の邸で無作法にも眠ってしまったことがこの上なく恥ずかしい。
だが、それ以上に、今のこの状況が真明を戸惑わせた。
目覚めたすぐ隣に吉昌が居る。
それだけで、動悸が激しくなった。
淡白な吉昌の性格からして、来客が寝入ったとしても見向きもしなさそうなものだが……。
「…………お前が離さないからだ」
真明の心を見透かしたように、吉昌がため息交じりに応える。
「え……?」
その言葉の意味が分からず、もう一度状況を確認すると……
「うわ……!? もももも申し訳ありませんっっ!!」
顔が火を噴きそうなほど熱い。
真明の左手はがっちりと吉昌の狩衣の袖口を掴んでいた。
慌てて手を離すも、相当力を込めていたのか白い衣に深い皺ができている。
こうなれば察するに容易い。
寝ぼけた真明がたまたま近くにいた吉昌の袖を掴んだため、吉昌は動けずにいたのだろう。
(でも……、傍に居てくれたんだ……)
一体どれくらいの時間そうしていたのだろうか。
振り払うこともできただろうに、吉昌はそうしなかった。
不謹慎だが、そのことが嬉しくもあった。
とはいえ、やはり醜態を晒してしまった恥ずかしさはぬぐい去れそうもない。
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