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私が仰々しく礼をし、顔を上げると、サタン様は何のことやら分からない、といった顔をされておられた。
それもそうでございましょう。
サタン様は、あなた方人間のために、人間を愛する感情すらも無くしてしまわれたのだから。
サタン様は創造されたその瞬間から、同情心というものを持ち合わせてはおられませぬ。全知なる神が、サタン様の苦しみと悲しみを知り、そのように創造されたのだから。
「私が、あんな愚かな人間を愛しているだなんて、君もおかしなことを言うんだね、道化」
サタン様は愉快そうに微笑まれて、するすると天使の姿から悪魔の姿へと戻っていかれた。
蝙蝠のような翼に口が大きく裂けたワニの頭、身体はライオン、尾はサソリ。
気付けば静かだった地獄の炎が、メラメラと燃え盛り始めていた。
「さすがは地獄の道化、なかなか面白い話だったよ。
危うく信じかけてしまう程に、ね」
蝙蝠の翼を一打ちすると、サタン様は空中に舞い上がられた。
月も星もない地獄の空に、微かな光が広がっており、ルシフェル様の魔法が解けたことを示していた。
「私が敬愛するのは神だけだよ。愚かで弱い人間など、愛する気にもなれない。ただ、神が人間に目をかけておられる限り、私も人間を見限ることはしないけれどね」
そう言われると、サタン様は何処かへと飛んでいってしまわれた。
私もまた、摘んだ記憶花を持ち、ルシフェル様の待つ城へ戻ったのでございます。
どうか聡明なる貴方様、サタン様を哀れと思われなさいませぬよう。
そしてサタン様が貴方様の所へ来られた際は、どうぞ怒ることなく、両手を広げて受け止めて下さいますよう。
実はサタン様こそ、神が人間に遣わした大きな橋。楽園から出た人間が神の声を聞かなくなってしまった今、サタン様を通じて、神は人に語りかけられるのだから。
苦しみの試練の果て、大きな敵との闘いの後。
神の声を聞けば、サタン様も知らぬ真のサタン様の御姿を、神の目を通して知ることが出来ましょう。
光の翼は大きく輝き、されども強い光ではなく包み込むような優しい光。神を盲目に信じる天使の光ではありませぬ。
さて、サタン様と神の賭けはどうなったか。残念ながら、それはまだ秘密でなのでございます。
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