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ガタンゴトン
揺れる電車の中
『電車の中で、』
「…あつ。」
呟くように言った言葉は、暑苦しいほどいる人の中で溢れて消えた。
こんなのには、もう慣れていた。けどやっぱり高校生になったんだから、彼氏と一緒に電車でおしゃべりとかしたい年頃。
「…あ、」
でもやっぱり、その彼氏は誰でもいいわけじゃなくて。
電車の吊革を強く握りしめながら、暑そうにネクタイを緩める君を見つけて、途端に胸が高鳴った。ドキドキする鼓動、ガタンゴトン、と揺れる電車。それはまるで合唱のように鳴り響いた。いつからか、好きだった。
最初に君を見つけたとき、知らないお婆さんに君が席を譲っていて、優しいなぁなんて単純なこと思って、次の日からよく君を見るようになった。
いつからだろう
目でおいはじめたのは。
ただ、電車の中で隣に君が立ったとき。どうしようもないぐらい胸が鳴って、イヤでも君が好きだと気付いた。
名前も知らない
学校も知らない
ただ君が好き
でもたまに、どうしようもなく切なくて、ほんのたまに、泣きたくなるの。そんな私を、君は知るはずもない。記憶にすら残っているはずもなくて。そんな現実に、ほんのたまに、泣きたくなるんだ。
「…あれ、?」
いつの間にか君はもういなくなっていて、気付けばもう私が降りなければならない駅だった。
「あーぁ」
何とも言えないため息をつきながら、ドアから出ようとする。
「っ、」
急に歩いたからか、ふらっときて倒れそうになった。なんとか体制を調えようと、宙に浮いた片足を地面に着けようとするのに、体はもう傾くだけだった。
「っ、!」
「大丈夫っ?」
少し滲んだ汗が、君の頬を伝っていた。その光景があまりに非現実的で、夢でも見てるんじゃないかと思った。
「だ、いじょぶです」
「ホント?」
「…は、い」
思いとは裏腹に、冷静な自分。肩から離れた君の腕のぬくもりが名残惜しくて。少し、淋しくなった。
「あ、じゃあ、」
「待って」
お礼を言って行こうとする私の腕を急に君に掴まれて、心臓が跳ね上がる。
「…あ、の」
「いつも」
「…え?」
「いつも、この電車乗ってるよね?」
「……え」
滲んだ汗が、滴り落ちた。
この恋は、電車の中で。
―end―
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