194人が本棚に入れています
本棚に追加
すべてが消えてもいいとさえ思った
『雨の中で、』
「もしもし。」
長かった電話のコール。
ようやく出たと思ったら、また妙にそわそわとしていて、なんとなく、アイツと居るんだと思わせられる。嘘も誤魔化しすらも、下手くそ。
「今平気なの?」
平気なわけない、そんなこと分かっていて聞いてみる。苛々しながら煙草に火をつけると、煙がふわふわと空にまじわる。道端で雨宿りしながら女に電話して苛つくなんて、相当情けない男。
しかも会うのを即否定されて、泣きたくなって、でも強がりたい。そんな変な気分になった。
「そりゃ旦那の方が大事だよな」
皮肉をこめて言うと、君に素直に「ごめんなさい」と謝られて、余計に苛ついた。そういう素直で女らしいところを好きになったはずなのに、こういう時は無性に腹が立ってしまう。
やさしいところが好きなのに
そのやさしさがとてつもなく痛くて――
それでも別れられないのは、俺が君に依存していて、そして俺も、君よりずっとずっと、君に依存しているから。本当は、君に旦那がいようが何がいようが関係ない。
そばにいたい、それだけ。
「いいよ別に。最初から期待してない」
受話器の向こうで君が傷ついたのが分かった。でも今日は謝らない。謝りたくない。こっちだって傷ついてんだ。君だけじゃない。俺だって、痛いんだから。
携帯の電源ボタンをオフにする。馬鹿みたいにひねくれた思いが何重にも重なってゆく。いつだって、俺は君より上でいたい。じゃないと、不安で不安で押しつぶされそうだから。俺よりも、君が俺を好きになればいい。
余裕なんて、なくなっちまえ。
きっと、この恋に終りはないだろう。俺が終止符を打たない限りは。
きっと君からは別れを切り出せないから。君も俺と同じ、きっと依存しあって支えているようなものだから。別れなんて、当分は見えないだろう。
「…教師なんて惚れるんじゃなかった」
煙草の煙は、雨によってかき消されていった。
―end―
最初のコメントを投稿しよう!