夏祭りと狐

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アノ社ニ神ハモウ居ナイ 野狐と名乗った狐が、ポツリと言う。 何だか寂しそうな表情で。 『神とて、約束を破られれば腹も立つ。故に消えた』 「約束?」 『若者が率先して祭を行い、豊穣を祈願し、神を敬う。昔、人と神はそう約束した』 「昔って、いつ?」 『数百年ほどだ』 昨日した約束のような口調で、野狐は答える。 どうやらかなり厳粛な祭りだったらしい。 今の様子じゃあ、そんな面影は全く無いけど。 『それより、人間。よく我を見つけたな』 「なんていうか……気配みたいなモノがしたんで、それを辿って来ました」 『気配、だと? 同士なら納得出来るが、人間が察知出来るものでは無いぞ』 「いや、普通に感じたよ?」 実際、こうやって探し出す事も出来たし。 驚く狐を見ながら、私はふと思いつく。 「野狐って妖……つまり妖怪なんだよね。やっぱり人間に化けたりするの?」 『当たり前だ。それより我を気安く呼ぶな』 「でもノラ狐って、聞こえが悪いよね。……そうだ、思いきって改名してみようよ」 『必要無い。断る』 バッサリという効果音が付きそうな勢いで、野狐は拒絶する。 でもそう言われると、余計に名前を付けたくなる。 うん、これは人間の性だ。 「ヤコっていう音は綺麗な感じだから、漢字を変えて『夜琥』にしよう」 『少しは我の話を聞け!!』 怒鳴る狐に、私は笑う。 16歳の夏。 私は妖怪に出会った。
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