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そう叫んでから数秒後、不意に音がした。
――――…ピチョン…
――…ピチョン
それは湿った草を踏み鳴らす音ではなく、まるで水面を歩くかのような音。
その音は、徐々にこちらに近付いていた。
魔理沙は不審に思いながら、いつでも戦えるように身構える。
音はいつしか草を踏む音に変わり、強烈な存在感が魔理沙に襲いかかる。
そして、その音の主が現れた。
真っ黒なコートを羽織っていて、顔はフードを深く被っているためわからない。
ただ、僅かにのぞく口元は…嬉しそうにつり上がっていた。
魔理沙はその様子に微かな恐れを抱きつつ、男に向かって鋭く声を飛ばす。
「お前は誰だ!」
これは魔理沙の本心でもある。突如として現れ、話にも耳を貸さず急に襲われたりしたならば誰だって正体が気になるだろう。
すると男は魔理沙を一瞥し、踵を返した。
男は黒衣をはためかせ、静かに遠ざかって行く。
「待て!どこにいくつもりだ!」
男は答えない。
「おい!答えろ!」
それでも男は答えない。
魔理沙は諦めたのか、慎重に男の後をついていった。
少し移動すると、開けた場所に出た。
そのあまりの光景に魔理沙は己の目を疑った。
そこにあったのは凄惨な光景ではなく、一言で表すとするのなら…
神秘的。
そう表現するのが最も適切だろう。
今の天候は嵐。それなのに全くと言っていい程風が吹いておらず、雨粒も降ってきていない。
まるで広場のように開けていて、そこだけ木々も生えていなかった。
そして地面は僅かにへこんでいて、周りを流れる小川から薄く水が流れていた。
深さはおよそ数センチ。それなのにどこまでも吸い込まれてしまいそうな程、深く、そして澄んだ蒼色をしていた。
魔理沙が思わず見とれていると、不意に男が振り返り、こちらを見た。
笑みの消えた、狩人のような眼で。
魔理沙は再び集中する。
そして男が口を開いた。
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