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どこかの世界の少し古めの時代。
何の変哲も無い、ごく普通のとある村。
そこに一風変わった葬儀屋があった。
外観はボロ家。幽霊が住んでいてもおかしくは無さそうな程だ。
幽霊が葬儀屋など、洒落にもならない話だが。
中に入れば、薄暗い部屋に広がる少し甘い香りに酔い、直後棚に並べられた謎の小瓶と使途不明の器具の数々。それに加え床や壁には血まみれの何かを引き摺ったような跡。
初見の人は確実に戦慄を覚えること請け合い。
だが。
それでもこの葬儀屋はそれなりに重宝されていた。
ボロ家の戸がカラカラと乾いた音を立てて開く。
「ごめんください……」
不気味な空間に足を踏み入れた四十半ばの女性は、恐々と部屋の奥へ声を掛けた。
ここの葬儀屋はつい先日、葬儀を執り行ったばかりだった。
女性はその葬儀の依頼主だ。
シュッ、と何かを擦る音が聞こえると部屋の奥に光が灯った。
点の光はその周辺を淡く照らし、この空間の主の姿を顕にする。
「ようこそ」
部屋の主、『寅 扇都(イン シャンドウ)』は薄っすらと笑みを浮かべ、客人を歓迎した。
「おや? あなたは先日の」
「はい。その節は本当にありがとうございました」
女性は深々と頭を垂れ、感謝の意を表す。
「気にする必要はありませんよ、あれが私の役目ですから。それで、今日はどういったご用件で?」
「葬儀のお礼を、と思いまして……これを」
大きな執務机にゴトリと布に包まれた長方形の物が置かれる。
「……せっかく持ってきていただいたというのに申し訳ないですが、もう葬儀の御代は戴いています。ですからコレを受け取ることは出来ません」
「ですが、あの費用はこちらの家計を考えてくださって随分と負けていただいた額です。それに対してお礼の一つも出来ないというのは、こちらとしても心苦しいんです。ですから、どうか……」
女性は申し訳なさそうに眉を八の字にしながら、軽く頭を下げた。
「……仕方ありませんね。そこまで言われて断っては人の道に反する。有難く、頂戴させていただきますよ」
「はい。今後ともよろしくお願いします。それでは……」
再度会釈して、女性は妖妙な空間を後にした。
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