9.バッハ=シャコンヌ

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産まれた! ドアが開いて、ケンが「女の子だ!」と笑顔を見せた。 そしてお湯を受け取ると、またドアをバンっと閉めた。 廊下に放り出された僕達は苦笑する。 「吐き気は治まったのか?」 ルドが僕に目をむけた。 そういえば、吐き気も『シャコンヌ』の音も治まっている。 またドアが開いて、ケンが使用済みのお湯の入ったベビーバスを床に置いた。 「これ捨ててきて!」 そしてまた中に入って行った。 産まれたばかりの赤ちゃんが入った湯には、血や汚物、何かの塊などがぷかぷかと浮いていた。 「見るな、見るな」 ルドは言ったけれど僕は見た。 とても汚いけど、でも醜悪なんかじゃない。 この血とか汚物は赤ちゃんを守ってきたんだ。 またドアが開いて 「これも捨ててきて!」 とケンがバスを床に置き、そのまま部屋に戻った。 今度のお湯は2度目の入浴なので綺麗だった。 ルドは綺麗な方を僕に持たせると、歩きながら口を開いた。 「知ってるか?美術大学には”解剖学”って授業があるんだ」 「解剖?」 「うん。画家のレオナルド・ダ・ヴィンチが医者もしていたのを知ってるだろ?」 「うん」 「美術と医学は当初は密接な関係にあった」 「うん」 「俺はガキの頃、人間っていうのは最初に人の形をした皮膚があって、その中に骨や内臓とかを詰め込んでできてるって思ってたんだ」 僕だってそうだ。 「でも本当はそうではなくて、まず骨があって、肉があって、そしてそれを覆っているのが皮膚なんだ」 「うん」 「だから人間を描こうと思ったら、内側から知る必要があるんじゃないかな」 「うん」 ぼそっと答えた僕の耳にケンの大声が入ってきた。 「何のんびりしてんだよ!オカワリがいるんだ!早く新しい湯を持って帰って来い!」 何だって?捨てて来いとしか言わなかったじゃないか。 僕とルドは慌てて足を速めた。
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