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産まれた!
ドアが開いて、ケンが「女の子だ!」と笑顔を見せた。
そしてお湯を受け取ると、またドアをバンっと閉めた。
廊下に放り出された僕達は苦笑する。
「吐き気は治まったのか?」
ルドが僕に目をむけた。
そういえば、吐き気も『シャコンヌ』の音も治まっている。
またドアが開いて、ケンが使用済みのお湯の入ったベビーバスを床に置いた。
「これ捨ててきて!」
そしてまた中に入って行った。
産まれたばかりの赤ちゃんが入った湯には、血や汚物、何かの塊などがぷかぷかと浮いていた。
「見るな、見るな」
ルドは言ったけれど僕は見た。
とても汚いけど、でも醜悪なんかじゃない。
この血とか汚物は赤ちゃんを守ってきたんだ。
またドアが開いて
「これも捨ててきて!」
とケンがバスを床に置き、そのまま部屋に戻った。
今度のお湯は2度目の入浴なので綺麗だった。
ルドは綺麗な方を僕に持たせると、歩きながら口を開いた。
「知ってるか?美術大学には”解剖学”って授業があるんだ」
「解剖?」
「うん。画家のレオナルド・ダ・ヴィンチが医者もしていたのを知ってるだろ?」
「うん」
「美術と医学は当初は密接な関係にあった」
「うん」
「俺はガキの頃、人間っていうのは最初に人の形をした皮膚があって、その中に骨や内臓とかを詰め込んでできてるって思ってたんだ」
僕だってそうだ。
「でも本当はそうではなくて、まず骨があって、肉があって、そしてそれを覆っているのが皮膚なんだ」
「うん」
「だから人間を描こうと思ったら、内側から知る必要があるんじゃないかな」
「うん」
ぼそっと答えた僕の耳にケンの大声が入ってきた。
「何のんびりしてんだよ!オカワリがいるんだ!早く新しい湯を持って帰って来い!」
何だって?捨てて来いとしか言わなかったじゃないか。
僕とルドは慌てて足を速めた。
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