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「バッハのシャコンヌを弾く」
病院に戻る車の中でルドにそう告げたら、その数時間後には彼は病室に楽譜とストラド”女王”を持ってきてくれた。
ストラディバリウス”女王”。
完全なる美を表現するこのヴァイオリンに触れるのは2ヶ月ぶりになる。
ヴァイオリンケースの中から弓を取り出し松脂をこすりつけ、そして赤い布袋に包まれた”女王”を取り出して両手に抱えた。
熱病のように惹かれて惚れぬいて愛して……。
そして殺したいと思った。
でも今の僕にとっては、『シャコンヌ』を表現できる唯一のヴァイオリン。
君が永遠の完全な美を奏でるのなら、僕は限りある命の真実を歌おう。
君が僕達を嘲笑するのなら、僕は赤裸々な人間を君に表現させよう。
枯れ木のような”女王”は無表情に僕の手に横たわっていたけれど、調弦しながら左手でその弦をはじくと少し生気を取り戻した。
僕が白い病室に立ちヴァイオリンを構えるのを、ルドは静かに見ていた。
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