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鏡のあっち側に雲雀の姿をした骸が居て(それは無様にも歯が折れていて)、鏡のこっち側に骸の姿をした雲雀(残念なことにこちらも凶器と化した右拳がじんじん痛む)がいた。
だが、この見た目と立場があべこべな二人の間に鏡なんて無い。
ころころ転がって骸の靴に当たって止まった歯がそれを証明してしまった。
だから、これは鏡の魔法でもなんでもなくて、雲雀を殴り歯をへし折ったのは確かに骸で骸に殴られ歯をへし折られたのは確かに雲雀なのだ。
普段は殴るのは雲雀、殴られるのは骸でないといけないのに。
殴られたのは雲雀の見た目の雲雀で、殴ったのは骸の見た目をした骸なのだ。
「なんなの、骸」
ようやっと状況を理解した雲雀が口を開いた。口調や話しぶりこそ穏やかなものだが、その目は怒りに燃え盛っていた。
「あ…あぅ、これは…」
頬を腫らした雲雀は冷静なものだというのに、殴った張本人の骸はまるで自分の歯を折られたようにうろたえていた。
ほっぺたが痛いです。
じんじんします。おかしい。
僕は殴られてはいないのに。
おかしい。おかしいです。
殴られたのは雲雀くんで、殴ったのは僕だというのに。
いつもどおりじゃなく、出会いたてのあの頃のように、殴ったのは僕なのに。
雲雀の歯が折れたのは、骸が雲雀を殴ってしまったのは、つい十分前雲雀が怪我をして帰宅したからだ。
いつもどおりの時間に雲雀が帰って来なくて、ダイニングのソファでそわそわしていた骸はガチャと玄関ドアの開く音にほっとして玄関へ駆けて行った。
「おかえりなさい雲雀くん」と囁いて、キスをしようとしたところで、いつもと違う雲雀に気がついた。
血が、出ている。
ほんの小さな怪我だった。
何か殴られた拍子に少しだけ口の端が切れて、唇に滲んだ程度のものだ。
手当てをすれば痛みもほとんど無い、そんなもの。
しかし骸は殴ってしまった。
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