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殴るつもりなんてなかったんです。本当は本当は。
すぐにでも口の端の血を舐めとって、氷で冷やしてあげて、よくできたね骸、って時折見せるあの笑顔で誉めて欲しかったんです。
なのに僕は、なんてことを。
「どういうつもりなの?骸。僕の帰りが遅いのがそんな不満だったの?それだけなら可愛げもあるけれど、いきなり恋人の顔を殴りつけて。本当に油断ならないよ。もうそんなことしたらどうなるか学習したと思ってたのに僕の思い違いだね。そうだよね、骸は馬鹿だものね。僕がなんべん言っても言いつけ一つ一人でできない最低な家畜以下だものね。どうしたの何か言ってごらん骸。僕を殴りつける度胸があるんなら反論の一つわけないでしょ?」
怒った雲雀はいつになく饒舌だ。
聞いている方が感心するくらい滑らかに人を罵る。
そして、その罵り言葉が紡がれる度に雲雀の口の端からこぽこぽ血が溢れた。
赤と青の瞳はそれをじっと見つめて動かない。
こぽこぽこぽこぽ、血が伝う。
暴言よりも眼光よりも、骸にとっては其れが気に病んでならなかった。
僕の足元の歯。僕が折った。
雲雀の腫れた頬。僕が殴った。
口の端の血。僕が傷つけた。
でも。
あの血には知らない誰かが殴って流させた血が混じってる。
なんだか汚い。
雲雀くんが、汚い。
急激に自分が冷めていくのを骸は感じた。雲雀への謝罪の気持ちが冷めていく。
「雲雀くん、誰に殴られたんですか」
自分の罵倒を無視した骸に雲雀は無性に腹が立ったが骸が何かを話すならと我慢した。
「骸に決まってるじゃない。君がさっき僕を殴って歯をへし折り」
「違います。その前です」
「君には関係ない」
先刻、油断したあまり草食動物に殴られた失態を思い出して雲雀はぷいと目線をそらした。
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