朧気な思い出

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   水面に浮かぶ白い顔。 それは無表情に空を見上げていた。 不意に視線を奪われる。 僕は、目線を逸らさず見つめ続けた。 此処は地域のキャンプ場だが、よく“出る”と評判の場所でもあった。 僕が水汲みに川に出た時、視界にチラチラと白いモノが入った。 顔だった。 時折見える彼等にはもう慣れたが、つい見入ってしまった。 見覚えのあるその白い顔は、行方不明の筈の兄だった。 兄を最後に見たのは去年のこのキャンプ場。 元気に釣竿を持って走って行く兄の後ろ姿を思い出した。 あまり、好きではなかったな……。 そんな事を考えていると、不意に兄の目が僕を見つけて、光が宿った。 唇をパクパクと動かしている。 その時、兄の声が頭に響く様に聞こえてきた。 「が、ん、ば、れ……。生、き、ろ」 笑顔で兄を見ると、満足した様に透けて消えた。 これが、僕の夏休みの大切で朧気な思い出。  
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