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事件から半年が過ぎた。
もう誰もあのことを口にしない。
大泥棒が相変わらず世間をにぎわせているからだ。
もう、私には関係のないこと。終わったことなのだ。
いつものように早起きをした日曜日、冷え込んできたため、ベッドから出るのが憂鬱だった。
だが、ヤコブがのし掛かってきたので、諦めて起き上がる。
「あ!また荒らしたなぁ!」
漫画や雑誌が床に散乱している。
強く睨みつけると、まずいと思ったのか、ヤコブは逃げ出した。
「ウェイト!ヤコブ!」
ぴたりと立ち止まり、振り返った彼には、いつもの元気は残っていなかった。
よくしつけてから解放し、部屋の片付けをする。雑誌や漫画はあまり整理していなかったので、別に荒らされても構わなかったが、黒猫の人形がサイドボードから落とされていた。
父から貰った大切な人形だ。いくら家族といえど、傷を付けたら許さない。
人形を手に取って、元の場所に戻そうとした時、異常に気付く。
「目が片方無い…!」
慌てて辺りを見回すと、部屋の隅に小さく煌めいている何かがあった。
飛びつくようにして取り上げると、それは確かに黒猫の赤い眼だった。
「はぁ…。…あれ?」
安堵、そして疑惑。
どうして外れたのだろうか。人形の目は大抵縫いつけられている。ガラスの瞳の場合は、なおさら飛び出さない構造になっているはずだ。
「ガラス…、じゃない?」
神秘的な透明感を湛えているその赤い球体は、今まで見てきた物の中で一番美しく感じる。
「…もしかして、宝石?」
出任せの言葉だったが、口にしてみて、思い当たることがあった。
盗まれたピジョンアイというルビー。
私に金貨を託した謎の男に飛びかかっていたヤコブ。
人見知りをする彼が、見知らぬ人間に懐くはずがない。
「そっか…。この匂いを嗅いでたんだ…」
ヤコブはよく人形に鼻を押しつけていた。だから、彼は店員を知っていたのだ。
匂いしか知らないヤコブにしてみれば、露天商の男とアイスクリーム屋の店員は同一人物だったのだろう。
「…ふふ、くくく…、あはははは!」
自然と笑いがこみ上げてきて、意図せずルビーを床に転がし、しばらく私は笑い続けた。
黒猫が零した小さな宝は、悪戯な微笑をその煌めきに秘めていた。
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