8人が本棚に入れています
本棚に追加
その日の晩、騒動は起きた。
「へえ、珍しいわね」
昼間の公園での出来事を聞いて目を丸くした母だったが、すぐテレビにその視線を移した。
「クリスチャンなのかな。今時にしては珍しい人だ」
父はビール一缶で顔を赤らめている。
夫婦揃って同じリアクションだ。
まあ、それ以外の反応を求めるのは無体というものだが。
「あら、また盗まれたみたい」
父が私よりも敏感に反応した。というより、私はあまり興味がなかった。
「本当だ。今度は七つの金貨か…」
「カオリ、あなたも見なさいよ」
「なんでぇ…」
食卓で人形の顔を布巾で拭いていたのだが、母が肩を引っ張るので作業を中断した。傷を付けてはいけない。
「何、また泥棒?」
気怠い調子で画面を見つめると、どこかの美術館の前でリポーターが早口で事件について語っていた。
あれ… 、ここって…
「おい、K美術館だぞ」
「すぐそこじゃない…」
父母が緊張した面持ちになる。
私は、盗み出された物を映した画面に切り替わってから、初めて顔を強ばらせた。
テロップ付きで、一枚の金貨がケースの中に厳かに飾られている様子が映る。
「この金貨…」
席を立ち、居間から勢いよく飛び出す。階段を駆け上がって、部屋に滑り込んだ。
見間違いであってほしい。
厄介沙汰は犬だけで十分だ。
しかし、記憶に間違いはなく、私は金貨を手にしたまま固まった。
名前は知らないが、金貨には美しい女性の横顔が彫られている。
世界に七枚しか残っていない、日本には二枚しかない宝物。
「嘘だー…。嘘、嘘でしょー…」
ずしりと重い財宝を持つ手が細かく震える。
押さえ込もうとすると、さらに震えてしまった。
ヤコブが階段を上ってきて、私の部屋に無断進入してきたが、私は一杯一杯で、むしろすがる目で彼を迎えた。
「ヤコブ…、どうしよう…」
半分泣きべそをかいてしまっている私から、ヤコブは欠伸をして目を逸らした。
その冷たい仕草が、何となく、今までの当て付けのように感じた。
私はその場にへたり込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!