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絵里は、苦笑い。
「最後のは普通逆でしょ?
治安が良いからいる、なら解るけど悪いからいる、なんて。
まあ、平和な日本じゃ護り屋なんて仕事成り立たない、か。
――さて、簡単な下書きなら出来たわよ。
見る?」
いったん鉛筆を手から離して、絵里は椅子を立つ。
雪月はヴァイオリンを弾く腕を止め、コクンと頷いた。
「紅茶入れて来るわ。
何が飲みたいの?」
キャンバスを食い入るように見ながら――。
「オレ、アールグレイ。
砂糖大盛り」
何故か挙手する。
「もうそれ紅茶じゃないわよ……」
げんなりしながら、台所へゆっくり歩いて行った。
小さな部屋だけど、雪月はここが好きだった。
それは、言い表すなら毎日通い詰める程。
――だけど雪月は思いも寄らなかった。
この幸せが、今晩で二度と味わえなくなってしまうなんて。
この絵が、未完成で終わってしまう、そんな悪夢を見る事に。
結局、この雨は夜もしきりに降り続ける事になった。
誰かが復讐者として覚醒する、それを祝福するように。
一人の青年を、闇の世界に引き摺り込むのだ。
この後、4時間後の事に。
今日――雪月が、壊れた記念日となるのである。
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