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「隣、失礼します」
いつものようにベンチに座っていると、一人の女性がそう言って隣に座った。
公共の物なんだから断る必要なんかないのに、と思いながら一応頷く。
数分間、彼女は未だ花をつけない木を見ながらノートに何かを書いていたが、ふと筆を休め、突然ごめんなさい、と断ってから話しかけてきた。
「今年はいつ、咲くんでしょうね。貴方は、桜が好きですか」
「特に、好きでも嫌いでも……。貴方はお好きなんですか」
「私は好きです。色々な言葉が浮かんできてくれる」
「言葉、ですか」
聞くと、彼女は趣味で詩を書いており、何度かこの公園にも来ては思い浮かんだことをさっきのノートに認(したた)めているという。
「でも、最近は何も書けなくなって……作家ではないので誰かに迷惑が掛かるわけではありませんが、自分が満たされない。好きなことなのに、出来ない……すみません。見ず知らずの方にこんな話をしてしまって」
彼女は詩が書かれているであろうノートを閉じ、立ち去ろうとしたが、僕は咄嗟に彼女を引きとめていた。
「あの、もしも迷惑でなければ、貴方の詩を見せていただけませんか」
「え……」
「ほんの一部でいいんです。勿論、無理にとは言いませんが……」
彼女は少し悩み、それから「貴方の好みには合わないかも知れませんが」と微笑み、ノートを差し出してくれた。
その日から数日に一度、彼女と会うと話をするようになった。
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