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「私、貴方が好きです」 そんなことを言われたのは、出会ってから半年程経ったある日のことだった。 何度か話はしたが、未だに名前も知らない相手に告白をするなんて、正直、冗談かと思ったが本気だという。 「殆ど知らないのに、こんなことを言うなんて可笑(おか)しいと思われるかも知れませんが、好きなんです。唯(ただ)、好きなんです……」 彼女は俯き、祈るように重ねた手をぎゅっと握り締めた。 僕は以前見た彼女の詩の一節を思い出す。 “嫌いになれたら楽なのに 諦めるほうがつらいと思った どれだけ想えば叶うのだろう どれだけ願っても叶いやしないのに” 僕を想って書いたわけじゃない。そんなことは承知している。 でも、自分のことを好きだと言ってくれる目の前の相手を悲しませるのは、嫌な気分になる。 彼女は言った。「私が詩を書くのは自己満足です」と。 もしも僕が彼女の告白に応えたなら、それは彼女を悲しませたくない僕の自己満足かも知れない。 だけど、彼女の悲しむ姿を見たくないのは、彼女のことが好きだからなのだろうか。
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