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だが、彼女は初めて出会ったときも言っていたが、詩が書けなくなっていた。 詩が書けないと傍にはいられない。思い上がりかも知れないが、そんな気持ちが彼女を焦らせている気がした。 「私、死ぬなら桜の前がいい。そのまま溶けて桜と一体になってしまいたい」 「どうして、そんなに桜が好きなんですか」 「昔……嫌なことがあったときに一本の桜を見ていたんです。そのときは特に好きではなかったし、何も考えたくなかったから何も考えていなかった。暫(しばら)くそうしていたら、突然強い風が吹いたんです。そしたら、満開の桜の花が一斉に散って……風に花びらが踊り、一面が桜色に染め上げられて、まるで幻想の中にいるようでした。あんな光景は滅多に見られないでしょうけど、それ以来私は桜が好きになったんです」 「見てみたいですね。そんな光景を見たら、僕も桜を好きになるかも知れない」 僕は想像してみようとしたが、うまくいかなかった。 元々想像力は豊かではない。ましてや一面が桜に染まる風景なんて。 「でも、時々思うんです。花たちは、まだ咲いて……咲き続けていたかったのかな、と」
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