前夜

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「お疲れ様です」  楽屋に戻ると、今井ひかりがいた。  彼女は最近ドラマに出初めたばかりで、よく言えばまだあどけないが、はっきり言えばどこと無く垢抜けない。 「ひかりちゃん、これから出番?」 「はい、すぐ終わりますけど」  私は椅子に座って、化粧を落とした。  このドラマのメイクさん、あんま上手くないな。なんかマスカラ滲みやすいし、安い化粧品使ってんのかな。  するとひかりは、私の隣の椅子に膝を抱えて座り、鏡で私の顔を覗き込んだ。  犬か猫みたいだな。 「安積さん、基礎化粧品何使ってますか?」 「フラッシュだけど」 「あれ、高くないですか?」 「ちょっと高いけど、肌にはいいよ」  ラインで揃えたら、五万は下らない。 「ひかりちゃんは何使ってんの?」 「のいちご倶楽部です」  大昔、私も使ってた。てか女子高生じゃないんだから、もう少しいいの使えよ。 「安積さん、演技うまくなりましたね」 「そう? ありがと」  確かに、あんたよりは上手いよ。あんたと比べて上手いって言われてもねぇ。  しかしポンポンと話題の変わる子だな。 「私も安積さんみたいに、ドラマの主要人物やれたらなぁ。ブランド物買いまくるのに」  彼女は子供が夢見る様に話し出した。  実際、夢でいっぱいなのだろう。  ……私は、まぁブランド品は欲しかったが、こんな感じじゃなかった。 だからなんか、見てるとおめでたい。 「あ、今度の特番ドラマの私の妹役、ひかりちゃんを推薦しといたから」  すると彼女は顔を輝かせて、 「え、本当ですか!?ありがとうございます!」 「後は監督の胸三寸だけどね。うまく行く様に私も祈ってるから」 「はい、毎日お祈りします!」  本当にやりそうだな。 「今井さん、出番です」  ADさんに呼ばれて、彼女は楽屋を出て行った。足取りも弾んでいる。  相変わらず、単純で扱いやすい。  言っては悪いけど……。  豚もおだてりゃ木に上る。         
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