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半透明の扉の間から、みるみる黒い煙が入ってくる。
息が、できない。体も思う様に動かなくなってきた。
バスタブに水を溜めて、ザーザーとシャワーを流した。
頭から水を引っ被ったのに、やっぱり熱い。
熱いよりも、煙で目と喉が針を刺すみたいに染みる。汗も涙も見分けがつかないほど、体中から水分が出て来る。
もう、目をあけてられない。呼吸するたびに、喉の痛みが増すみたい。
咳き込むのも通り過ぎ、鳴咽に近い声しかもう出ない。
誰か気が付いて、あいつらより早く。警察に通報して。
バスタブになだれ込んだ。
苦しい。もう二酸化炭素しかないの?
何かが燃えて朽ちる音が、隣の部屋から微かにする。
意識が遠くなってきた。やっぱり無理だったみたい。
瞼の裏に、雄二の顔が浮かんだ。
……雄二、もう駄目みたい。あんたと一緒にシリアルママ見れないみたい。
……お母さん。お母さんの面倒、私見れない。一人で生きていけるよね。
レイカ。あんたのとこに化けて出てやる、覚悟してな。
ドヤドヤと、人の気配がしたような気がした。
気のせい? 頭が働かない。
耳がわんわん言ってて、よく分からない。
もしかして、消防の人?
バスタブから這い出た。下半身が、どすんと床に落ちる音がした。感覚がない。
体全部出るのに、どのくらい時間がかかっただろう。
早くここから出なきゃ、あいつらに見つかる前に、助けてもらわなきゃ。
半透明の扉を押した。一度押しただけでは、開かなかった。力いっぱい、もう一回押したのに、開かなかった。
もう気が狂ったように、ひたすら押し続けた。
やっぱり、人の気配がする。気のせいなんかじゃない。
お願い、行かないで、ここから出して!
何回も何回も押して、やっと開いた。
立ち膝になって、ドアノブに触った。もの凄い音がして、掠れた声で悲鳴を上げた。
掌は真っ赤に腫れ上がり、水ぶくれが出来た様だ。
Tシャツに手を絡ませ、ドアを開けた。
目が霞んで、周りが見えない。
声を出したつもりだった。喉に力を入れた。実際、声になっただろうか?
その時、お腹に衝撃が走った。
後から思えば、たいした力ではなかっただろう。
「諦めの悪い女……」
薄れていく意識の中、男の声か女の声か判断はつかなかったが、人の声を確かに聞いた。
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