136人が本棚に入れています
本棚に追加
「この雑炊、ひろみさんが作ったの?」
「そうです、美味しいですか?」
「うん、なかなか」
彼女ははにかんで笑った。
「今日シフォンケーキ作りますけど、甘い物大丈夫ですよね」
「大丈夫。専業主婦向きね、あなた」
「そう、ですか?」
家事も万全にこなすし、気も利いてるし。
「彼氏、いないの?」
「いないです」
「好きな人は?」
「いないです」
寂しいね。
「どういう人が好きなの?」
「優しくて、一緒にいて、楽しい人」
想像した通り、ありきたりの答え。
「……昔、中学の時だけど、好きな男の子がいたんです。人気者で、誰にでも優しくて……」
彼女は遠い目をして、そして下を向いた。
「でもその男の子には好きな子がいたんです。その子はやたら顔と頭が良くて。定期テストなんて一、二番争ってたし、よその学校の男子生徒からも交際申し込まれたりしてて。あげくにS大の法学部に首席で受かっちゃった」
……何者? 朝倉南かよ。
「私なんか、全然勝ち目無いなって思ったの。彼、その女の子と同じ学校に行きたいばっかりに一生懸命勉強して……」
彼女は少し首を傾けながら、顔を上げた。
「……ひろみさん?」
「……私、その女、憎らしかった……」
私は身震いした。
押し殺した様な声。
目は、焦点が合ってるのか合ってないのか、視点がいまいち分からない。
おとなしくて、純情そうなひろみさんとはとても思えない。寒気すら感じてしまった。
こんな表情、女優の私でも作れない。
「ひろみさん、美味しかった……」
「そうですか? ありがとう」
彼女はニッコリ笑った。今までの彼女だ。
「シフォンケーキ、作ったら持ってきますね」
彼女はお盆に食器と鍋を乗せて、部屋を出て行った。
不穏な物を感じたが、私はあまり深く考えない様にした……。
最初のコメントを投稿しよう!