前夜

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 橋の上に立ってると肌寒い。  東京のネオンは、なんていうか、中途半端という気がしてならない。  ニューヨークとかだと綺麗に装飾してあるし、香港だと、あのくらい派手だと許せる。  私は川面を見つめていた。暗くてよく分からないが、薄汚れているのだろう、私の田舎の川とはえらい違いだ。  東京に出て来て4年、やっとこの人込みにも慣れてきたけど、外に出ると「あ、安積エリ!」とか指さされて、人目を避ける生活になりつつある。  ……田舎の知り合いはどうしてるのだろう。  あの時、罵声を浴びせた奴ら、家の壁に落書きした奴ら、石を投げ込んで窓を割った奴ら。  私、こんなに売れっ子になって引っ張り凧よ、ざまぁみろ。お前らより稼いでるよ。  私はまた川を見つめた。そういえば、隣の隆くん、川に落ちたっけ。お父さんとお母さんに、かなり怒られてたな。  ……お母さん。  携帯電話のベルが鳴った。私は少し身構えた。またイタ電? 「もしもし?」 『あ、エリ』 「……何やってるの、まだレコーディング終わらないの?」 『悪い、今日は徹夜だ』  徹夜?  今日は早く帰るからと自分から予約を入れたくせに、徹夜? 「早く終わるって言ったでしょ、何よ、人を30分も待たせて」 『仕方ねぇだろ、それに週刊誌に叩かれたばっかりなんだ、少し自重しろ』 「なんで隠れなきゃいけないのよ、堂々と発表したらいいじゃないの」 『何も言うなって言ったのはお前の事務所だろ。あ、忙しいから』  そう言って雄二は電話を切ってしまった。  私はもう、心底腹が立ってしまった。こんな事をするあいつにも、事務所にも、スッパ抜いた週刊誌にも。あまりの怒りに、髪の毛はグシャグシャになった気がする。  立場も考えず、大股で歩いてしまった。もう知るか、一生レコーディングしてろ!        
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