過去

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 お母さんに私を生ませたあの男は、物心ついた時から仕事もしないで酒ばかり飲んで、私やお母さんを殴っていた。  お母さんが必死で働いたお金も、飲み代や他の女に貢いだりして、離婚すると言うと顔に痣が出来るほど暴力を奮っていた。  私が成長するに従って、あの男の私を見る目付きは変わっていった。  中学に入ってまもなくの頃。  お母さんは仕事がたたって、熱を出して寝込んでいた。  夜中に、体に重みを感じた。必死に抵抗したけど、大の大人の男には敵わなかった。  あれ以来、あの男は酒を飲んでは私にいやらしい事をやり続けた。  誰にも相談出来ず、一人で苦しんでいた。お母さんは仕事で忙しくて家を空ける事が多くなっていた。  そんな時、一人の女の子が転校してきた。  香澄はどこか淋しげで、母親と二人で地元では高級なマンションで暮らしていた。大人達の話によれば、母親は愛人で、私生児だろうという話だった。  私は忘れたかった、それだけだった。  いろんな噂もあって、始めは友達と聞こえよがしに悪口を言う、そんな程度だった。  ──ね、ケーキ買って来てくれんと?  ──今月、うちらピンチなんと。一人五千円づつね。  それは段々エスカレートしていった。  ──やだ、あんたの制服汚れてると、洗い流さんと。丸洗いOKと、うちの制服。  ──香澄ちゃんの下着だよー、やだぁ、風で外に飛んでいっちゃったぁ。  あの子にしてみれば、地獄だったろう。  私はただ、忘れたかった。飲んでお母さんを殴ったり、私にせまってくるあの男を忘れたかった。  そして、香澄は学校の屋上から飛び降りた。  遺書も人と争った形跡もなくて、事故か自殺か断定出来なかった。学校は揉み消すのに必死だった。担任はせめて校外でして欲しかったと、愚痴をこぼしていた。  ──帰りなさいよ!  香澄の葬式で、初めてこの女に会った。  あの子が怜香宛の手紙を持っていて、確か私達がトイレのタンクに入れた。  ──返して、お姉ちゃんに送る手紙……。  始めは、誰か分からなかった。  ──帰りなさいよ、人殺し!  その時、自分のした事の罪の重さが理解出来た。  周りにいた人が、立ち上がった怜香を窘めていた。
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