シルビアとソラリス

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      *** 女はアーノルドを殺すために、バスケットの中から果物ナイフを取り出した。 いつもと同じように、山に入ってきた人間を殺す。 自分をこの山へ追いやった、憎き人間を──。 しかし、女はアーノルドの心臓を狙い、その胸の上にナイフを突き立てることはできても、刺すことはできなかった。 なぜか、躊躇してしまったのだ。 「おかしな人……。私を見ても怯えず、あんなにまっすぐな瞳で」 それは、女が魔女になってしまってから、初めて向き合った男だったのかもしれない。 恋人に裏切られ、この山へと追い込まれ、挙げ句の果てに殺されたあの日から──。 誰も信じないと、その胸に誓い、男女問わず、この山に踏み入る者を殺してきたというのに──。 なぜ、アーノルドだけは殺せないのか? いや、殺せないはずがない。 女は目をつぶり、ナイフを振り上げた。 その時、 「私はこの山に死ににきた。君に殺されるならば、私は喜んで死のう──」 眠っているはずのアーノルドの心の内が、その女に見えてしまった。 魔女特有の読心術。彼女は男の心が読めてしまった。 女は嘆き、叫んだ。二度と踏み入れられたくはない部分に、アーノルドが入ってきたような気がしたからだ。 今更、人間を信じてどうする? 今まで人を恨み、憎しみとして蘇った者が、人を殺さずして存在し得るはずがない。 女はナイフを落とした。拾おうとするが、手が震えて拾うことができなかった。 「本当に、おかしな人だわ。私までおかしくなってしまったみたい」 女の涙が、目の前のアーノルドに滴り落ちる。 アーノルドは目を覚ました。それでも女は泣き続けた。
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