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「どうして、泣いているのだ?」
アーノルドは訊いた。
「私は魔女なのよ」
「あぁ、知っているよ。一目見たときから君が魔女であるということは、何となくわかっていた」
「ならば、なぜ私を殺そうとしなかったの?」
「殺す理由などありはしない。私が守ってきた国は虚構であったのだからな」
アーノルドは既に答えを出していた。今まで何の為に生きてきたのかということを。
「おかしな人よ、あなたって。私は死にたいわ。私が生きてきた理由も虚構だったんだもの」
「あぁ、生きる意味を知らなければ、死の衝動──タナトスは抑えることはできない。それはここへ来てわかった」
「なら、わかるでしょ? 私は死にたいのよ。私を殺しに来たのなら、私を殺して…………」
女は完全に困惑していた。人間を恨み、人を殺すことで存在を保ってきたというのに、アーノルドは殺せなかった。
女の頼みに対し、アーノルドは首をふった。
「さっきも言っただろう。殺す理由などない」
「私は、あなたを殺そうとしたのよ? 十分殺す理由になるじゃない!」
「でも、私は生きているではないか。それに、存在理由が虚構であったから死ぬのか? 本当の存在理由も知らないで──」
「あなたに何が分かるっていうの? 私には死ぬ理由があるわっ!」
女は俯いた。
なぜあの時、アーノルドを殺せなかったのか、理由なんて分かりたくなかった。
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