●春音

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「…の木が綺麗だなぁ。」 「はっ……?」 「だから、桜の木だよ。」 優は校庭の桜の木を見ていた。 桜の顔はますます赤くなる。 「夜桜って見る機会あんまりないだろ。見とけよ、沢山。」 振り返る優に、赤くなった顔を見られたくないために下を向く。 「桜は床じゃなくて、外だよ。」 「いや、私見ないです。」 「桜を美しいと思うのも古典をやるには必要だぞ。」 桜の視線に、優の靴が映る。 「どうした?」と肩を触る優の手にビクッとして、顔を上げてしまった。 「どうした?」 驚いた声と同時に、桜の目を優のYシャツの裾が隠す。 どうして目なんだろうと桜も不思議に思った。 「何で泣いてるんだよ。」 「えっ。」 視界が裾で真っ暗な桜には確認しようがない。 しばらくして離したあと、頬に感じた冷たさで涙を実感した。 「私、泣いてました……?」 「自覚なし?」 「うん。」 そう認めた後に、今度ははっきり目から涙がこぼれていくのが解った。 「ちょっと待て。どうした。」 慌てる優の目の前でどうしようもない桜。 「大丈夫です。」 「泣き止んでから言え、そういうのは。」 「泣いてるの見ないで。嫌だ。」 「泣いてる生徒見過ごせないだろ。」 生徒。 この言葉が涙をまた強くする。 この涙の理由。 ――それは優への気持ちの確かと、気持ちの行き場のなさの確かなことなんだ。 なんとなく。 桜はそんな風に思った。 「ちょっと背中貸してください。」 「背中?ど、どうぞ。」 寄りかかりたくなった。 支えてもらいたくなった。 大きな優の背中に、桜は甘えるように泣き出した。 ――やっぱり好きなんだよ。 そうずっと心の中で呟いた。 黙ったまま、優は背中だけを貸していた。  
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