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◇
「島崎。」
担任の呼び掛けに応える者は誰もいなかった。一瞬の空虚。
「…休みか?」
前髪を真ん中で分けた、いかにも神経質そうな担任教師は記録簿から双眸を上げ、教室内を見回した。
「親戚の所に行くんだって。」
応えたのは玉置だった。僕の嘘を真に受けたらしい。当然だ。今まで僕は彼に嘘をついた事など無かったのだから、彼には少しも疑問を抱く様子はない。
「そうか。…まったく……。なんの連絡も無いじゃないか。」
担任はぶつぶつと呟くと、再度記録簿へと視線を落とし、そこへ安物の万年筆で何やら書き付けた。
それからずっと、虚ろな気持ちを引きずったまま一日を過ごした。
「今日は島崎がいなくて寂しいなぁ。」
僕と島崎の関係を知るクラスメイトは、そんな冷やかしを言う。僕は本当に菜子が好きだったのだろうか。だとしたら何故、彼女が落ちた後、救急車を呼ぶわけでもなく、男に言われるままにあっさりと逃げ去ってしまったのか。今だって悲しみを感じていない自分がいる。彼女は裕福な家庭で育ったらしく、酷い浪費癖があった。本当はそんな彼女との関係にうんざりしていたのかも知れない。
「……はぁ…。」
「やっぱり寂しいよなぁ。」
何も知らない彼らは、呑気に笑ってるだけだ。
「なぁ了、体調悪いなら早退した方がいいんじゃないのか?」
いつもの僕をよく見ている玉置は、唯一僕の異変に気付いているようだ。
「…大丈夫だ。心配ない。」
「…何かあったら言えよ。俺なんかじゃ頼りにならないかも知んないけど。」
「……ホントだな。」
「お前さ…かわいくねぇなぁ。」
ゴメン、玉置。もう僕はお前の知ってる僕じゃないんだ。お前に言葉を掛けることもはばかられる程、僕は汚れてしまったんだ。
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