第1章 ~遭遇~

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  「…今日は…出来るだけ一人にしてくれないか……。」   「………あぁ。」    玉置は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに淋しそうに笑って理解してくれた。   「……悪いな…。」    実は玉置とは数回愛し合ったことがある。もちろんお互いに同意の上でだ。初めは本当に体だけの関係ではあったが、回を重ねるにつれて徐々に心の繋がりも育ちつつあった。事実玉置は僕を愛していると――菜子と別れ、男娼も辞めて付き合って欲しいと言った。それなのに僕は、その玉置にさえ嘘をついているのだ。どれだけの罪だろう。昨夜、僕がもっと落ち着いていれば、菜子を死に至らしめてしまうことも、玉置に嘘をつくこともなかった筈なのに……。  しかしそこで、一つの可能性に思い当たった。まだ菜子が死んだと決まった訳じゃ無いじゃないか。何しろ僕は転げ落ちた菜子の無事を確認するでもなくその場を後にしてしまったんだから、あの男が菜子を病院に連れていってくれたかもしれない。…いやしかし、男が取り出した物……。あれは間違えなくナイフだった。何の為にあんなものを取り出したのか。結局考えても何も解決しなかった。    放課後、いつもはたいていクラスの連中に誘われて遊び回っているのだが、今日は僕を気遣ってか、玉置がそいつらを連れて先に帰った。僕は独りでいそいそと家路につく。この季節、日が暮れると一気に気温が下がる。ブルゾンのファスナーを上げた。途中、再び例の公園の近くを通った。遠巻きに見る限りでは、子供たちが戯れる穏やかな雰囲気であった。    アパートへと帰り着く頃にはすっかり太陽は沈み、地平線近くが赤く焼けているだけだった。だがもっとも、地平線が見える訳ではない。赤錆の浮いた階段を2階へと登る。赤く錆びた手すりに所々緑の塗装が残っているものだから、なんとも気色の悪いコントラストだ。自室の前に立ち、肩に掛けた鞄から鍵を取り出して鍵穴に挿し込む。だが、錠前は回らない。   「あれ…?鍵は閉めたはず…。」    泥棒だろうか……。僕はそっとドアを引く。室内は暗く、玄関の電灯を点す。靴を脱ぎ部屋に上がって更に蛍光灯を点けると、暗い室内のベッドの上に人影があった。ツーポイントの眼鏡に黒いスーツ姿の男だ。
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