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――彼は呆然としていた。怒りに任せて叫んだものの、全く予想できなかった状況に彼の理解は遅れていた。彼の瞳に映るいじめっ子たちも、群れに突然現れた獣に怯える子犬のように彼を見ている。彼はただ呆然としながら少年たちの挙動を見ていた。
やがて少年たちの視線が一点に定まる。小さい公園ではあるが、公園の端から端へリーダーの少年は吹き飛ばされていた。
皆が少年に駆け寄る。意識を失った少年はグッタリとうな垂れ、片腕があらぬ方向に向いていた。
数人の少年が叫びながら公園の外に走り出す。残った数人は急いで気を失った少年を担いで足早に駆け出す。その時に少年の瞳にチラッと映った彼の姿は、まるで世界を絶望の淵に陥れる魔王のように映っていた。
彼に届いた少年たちの心の声。それはさっきまでの卑下する気持ちではなく、畏怖の者に対する恐怖。
『本物の悪魔だ……』
一人残された彼は呆然と立ち尽くす。普通の人とは違うとは理解していた。自分には町の人にはない特別な力があると。
だがこれでは本当に、本物の悪魔のようではないか。自分自身に怯える彼。冷たい風が殴られた跡に染みる。居たたまれなくなった彼はその場から逃げるように立ち去った。
町の郊外にある彼の家。ただいまを言って玄関のドアを開けるとおいしそうな匂いが漂ってきた。キッチンからトントンと包丁の音が聞こえる。彼はまっすぐに母親の元へと歩いていき、「おかえりなさい」という母の言葉を遮って、後ろから抱きついた。
「ど、どうしたの?」
困惑する母親。だが彼の顔を見て何があったかは察しがついた。泥だらけになり、涙や鼻血でぐちゃぐちゃになっている彼の顔は見慣れたものではあっても母親の彼女にとっては心苦しいものだ。
「また苛められたのね……」
母はポケットからハンカチを取り出して彼の顔を丁寧に拭いていく。血や泥は取れても、顔の腫れは取れない。母親なのに、何もできない自分がとても悔しかった。
「すぐにご飯にしましょう、今日はあなたの誕生日だから、腕によりをかけて作ったわよ」
彼は笑顔を作って頷いた。公園で起きたことは黙っていよう。もし母親に知られたら、もし母親にまで恐れられたら……。
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