Ⅰ. 悪魔の子

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 彼女は立ち上がった。その表情から読み取れるのは強い決意。彼に届く心の声も同様に何かしらの決意が示されている。だがそれと同時に、想像を絶する恐怖、子供に対する愛情と自分のせいで不幸を背負らせてしまった罪悪感――もちろん彼女のせいではないのだが、彼女はそう思い込んだ――それらの気持ちがひとまとめになって彼に届いた。  幼い彼にその時の母親の気持ちを理解するのは難しかっただろう。 「母さん、どこ行くの!?」 「母さんはちょっと戻らないと行けないの! だから先に行っててちょうだい、立ち止まってはダメよ!」  母の目に涙はない、不安がらせてはいけなかった。スカートの裾をギュッと握り締め、涙が出るのを必死で堪えていた。 「母さん!」   母は山を駆けおりた。もう二度と会うことのない息子を背にして……。  その夜、とある町の民家から火の手が上がった。  その町の教会で行われる予定であった異端者審問は、被問者が審問前に自殺したために中止となった。 to the next story...
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