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とっぷりと、くれた夕闇にヒマラヤ杉のシルエットがぼんやり見える十字舎房を振り返り、闇をみつめていた。
『不肖の弟子徳田は生きて、獄をでました。阿部先生、必ずや先生の仇を打ちます。どうか、見守って下さい…』
と、叫んでいるようであった。
徳田は満身創痍であった。生きて出獄できたのは、奇跡的といえた。腎臓病、肋膜、糖尿病、慢性栄養失調すでに左目は失明状態であった。痩せこけ浴衣の着流しに経子帯姿の徳田清治がよろけるように、赤レンガの正門から出てきた。見かねた妻の菊枝が、側により、徳田の脇に腕を回して身体を支えた。
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