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  「私は誰なのかしら」  彼女は謎の人物に、『私はだあれ?』と聞き返す。  謎の人物は『そうさなあ……ケサランパサラン辺りが妥当かなあ』と言って鼻の頭を掻いた。女性はその仕草を見て、何故か懐かしさを覚える。そうしているうちに一つ、二つと、数呼吸分の時間が過ぎ、思い出したように鼻の頭を掻くのを止めた謎の人物が、再び尋ねた。 「お前さんは何から逃げていたんだい?」  それを聞いて、彼女はますます首を傾げてしまう。つい先程まで、彼女は宙を舞う歌声そのものであったのだ。逃げていたなどという自覚はあるはずもなく。  困った彼女は逡巡した末に一言。『私は逃げてなどいないわ』と言った。  バシンッ。  その瞬間、白い空間が僅かに歪み、小さなヒビが入る。破裂するような音。  ヒビからは色が溢れだし、ドロドロと景色を描いていく。まず壁が描かれ、窓ができ、花瓶に収まる綺麗な花と、点滴。最後に冷たいベッドが描かれる。  最終的に描かれた景色は、やはり白かった。消毒の匂い。花の色だけがやけに健康的で、ベッドの上には誰か、先程の謎の人物とはまた違う、別の誰かが横たわっている。  顔は見えない。いや、見えるのだが認識できないと言うべきか。ふわふわとした不思議な感覚。ここは、誰かの病室だ。 「あなたはだあれ?」  彼女はベッドの上の誰かに尋ねる。返事は、無い。  
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