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ふつふつと、彼女の中に不吉な記憶が忍び寄る。思い出してはいけない。そんな気がする。
けれど記憶の断片は容赦なく沸き上がり、一つ、また一つと、パズルのように重なっていく。やがて全ての欠片が揃い、大きな記憶を形成したとき、彼女は不吉な悪寒と共に、それを思い出した。
「ああ、あああああ……」
そうだ、私は現実から逃げていたんだ。気付いた彼女は言葉を忘れ、ただただ狼狽(ろうばい)する。
彼女の目の前にいたのは、もう目を覚まさない彼女の息子だったのだ。
「ああ、あああああ……」
『このまま目覚めないかもしれません』
医者が言ったのだ。彼女は後ずさる。
『可哀想に、たった一人の肉親なのに』
やめろ、他人に何がわかる。彼女は後ずさる。
『通り魔にやられたそうよ』
やめろ。
『父親も幼い頃に』
やめろ。
『なんでも家が』
やめろやめろ。
『借金も』
や……。
『可哀想かわいそうカワイソウ』
やめろ、やめろやめろやめろ! 彼女は後ずさる後ずさる。
ドンッ。
背中に何かが当たった。彼女はゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、
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