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「いやあ、胃がもたれるねい」
彼は『食べ過ぎは良くねえな』などと呟きながら、爪楊枝(つまようじ)で歯の掃除をしていた。腹が山のように膨れている。
食べたのか。先ほどの夢も。
「あったぼうよう。出会った悪夢は食わなけりゃあ、俺の名が廃る(すたる)ってもんよう」
尋ねてもいないのに彼が答える。私の心を読んだのか、はたまた偶然か。夢の中なので何でも構わない。
それにしても、悪夢……か。少なくとも途中までは結構幸せな夢だったと思う。彼が介入したことで、あの夢は悪夢と化してしまったのではないか。
私がそう言うと彼は『バっカ野郎。ちゃんと最後はハッピーエンドにしたじゃねえか』と、怒鳴った。
最後――結局、あの女性は振り向いた後、例によって背後にいた私の姿を見て絶叫し、涙を流し、何故か抱きついてきたのだ。
そして『ごめんなさいごめんなさい』と、おいおい泣いているうちに夢が終わった。どこがハッピーエンドなのか、意味が分からない。
ただ、とても暖かかったことだけはやけに印象的であった。
「まだ分からねえのか」
彼は言った。『あの顔を見ただろう』と。
そうだ。私は見たのだ。ベッドに横たわっていた人物の顔を。
暗く、ぼんやりとしか見えなかったのだが、彼には、見覚えがある。どこで? 四角い窓、枠、光る、硝子……違う。それは鏡だ。
あれは……私?
目を閉じていたのは私。更にあの女性はベッドに横たわる人物の母親であった。ということは、つまり、あの女性は、私の……お、
「お母さん!?」
パリインッ。
鏡の割れる音。刹那、記憶にかかった霧は晴れ、私は自分自身を取り戻した。
「おう、やっと『のっぺらぼう』に顔が付いたなあ」
彼が、にやりと笑った。
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