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「いやあ、こりゃまた典型的な悪夢だねえ」
間。
そう、間だ。その一瞬のわずかな間、男の思考は停止した。振り向いたそこには、怖いものなど何もいなかったのである。
それどころか足元にあったはずの沼も消え、残っていたのはただ白い、視界の果てまでも白い空間だけであった。
白、白、白。空白の世界。
白シロしろ、ポツリ。点。
点、線、面――いや、人だ。
人がいた。いたのは一人。歳は二十前後であろうか。その人物はカーキ色のくたびれたトレンチコートを羽織り、チェック柄のキャスケットをかぶっている。
お世辞にもセンスが良いとは言えないその人物の纏う空気はどこか中性的で、男性か女性かがいまいち判然としない。
「わりぃね。あのまま『怖いもの』を見たら目え覚ましちまうところだったからよう、ちいとばかし夢を曲げさせてもらったぜ」
ただ、言葉遣いを聞く限り、女性ではなさそうだ。
男は問う。『お前は何者だ』と。
「俺の正体なんて何でもいいだろ。そんなことより、お前の正体を教えてくれよ」
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