一、

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 何処からか鈴の音が聞こえた。  それはとても小さな音だったけれど、まるで頭の中に直接響いているようにはっきりとしていた。  ソファの上で舟を漕いでいた僕は思わず飛び上がって周囲を見回した。  引っ越したばかりで殺風景なリビング。飾り気のない灰色のカーテン。片隅に積み上げられたダンボール。点けっ放しのテレビ画面は深夜枠ならではのバラエティ番組を映している。耳に入るのは、テレビの音声だけ。  どうやらさっきの音は幻聴らしい。そう判断して、再び横になる。  リィィン……  再び鈴の音が響く。さっきよりも少し大きな音。中途半端なその高さが僕を苛立たせる。 「うるさい」  耳を塞ぐ。それで終われば良かったのに、やはり頭に直接入ってくるらしい。遮られることなく、何度も脳を揺らす。  それはまるで急かすかのように、段々と大きく、速くなっていく。 「……呼んでいる?」  何故そう思ったのだろうか。気付くと玄関のドアに手を掛けていた。ノブのひんやりとした感覚が僕を正気に戻す。  僕は何処に行こうとしているのだろう。そう思う傍らで、僕の右手は勝手にノブを回していた。  開けたドアから入り込んでくる冷気に体を震わせながら、僕は家を出た。  家々の間を複雑に縫う、車が辛うじて二台通れるかという細道。一定の間隔で設置された街灯がそれに群がる虫とアスファルトを照らしている。家々は眠りについていて、動くものは僕だけだ。既に日付が変わった夜の当たり前の姿。  しばらく歩くと、奇妙な光景が広がっていた。  道路の上に点々と見える液体。それは傍らの電柱にも大量に塗りたくられている。微かに光を反射し、鈍く光っている。まだ乾き切っていない。紛れもない、何かの血。  再び視線を地に落とす。地の跡を目で辿る。それは少し先の十字路で左に曲がっていた。
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