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キスではない。少なくとも、こんな口づけがあっていいはずがない。そんな思いの反面、宵里の心臓は高鳴っていた。
口の中に入ってくる、何とも言いがたい舌の感触。そこに愛はない。しかし、一方的な感情を認識することはできた。この少女は、間違いなく愉(タノ)しんでいる。
どれだけの時が経ったのだろう。それは、一分にも一時間にも思える時の流れだった。
生々しい音を立てながら、少女の唇が離れていった。返せ、それは初めてなんだ。ぶち壊された青春の怒りに任せて睨み付けるが、そんな一般市民による無言の抗議もむなしく、絡んだ唾液を拭うこともせずに女王は言う。
「私はお前を気に入った。もう一度言おう、この私に飼われろ」
また、非常に勝手なことをのたまう。
「さもなくば、貴様を殺(バラ)す。このまま他の輩の手に渡すのは、少々口惜しいのでな」
本気だ。この目は、本気で脅している。そこにある感情の質量は、並みの人間ではない。
「その命、この私が拾ってやったという恩義を忘れるんじゃないよ。これからじっくり教育してやろう」
少女は、その凄絶なまでの美貌に酷薄な笑みを浮かべた。形のよいアーモンド形の瞳といびつに笑う口元のミスマッチが、どこか遠い不思議の国の猫を思わせるが、そんな可愛いものに例えるのはどうかしている。
女王の勅令。絶対的な心理掌握。
しかし、それ以上に心のどこかでもう一つの世界を知りたいと望んだからこそ、宵里の首は無意識に頷いていたのだった。
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