雨・三編み・文庫本

5/6

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/41ページ
 少女の表情がよりいっそう哀しげになった。バスや地面を叩く雨の音が、強さを増す。 「そんな…」  少女は、帰らない人を待っていると言った。帰らない人を、ただ一人でずっとずっと待っていると。  来ない人をいつまでも待つ、それは気が遠くなるような思いだろう。想像するだけで、とても哀しい気持ちが込み上げてくる。  それにここで僕らが別れたら、二度と逢えない気がした。 「それじゃあ、家に帰るのに、この傘を使ってよ」 「えっ?」  少女の表情に戸惑いの色が浮かぶ。そして首を横に振った。 「そんなの悪いです。名前も知らないのに…」 「そんな事は、問題じゃないんだ。またいつか雨の日に、僕はこの傘を返してもらいに来るから…、その時に名前も教えるからさ」 「でも…」  困ったように表情を曇らせる少女。僕はそんな少女に対して続けた。 「もう、二度と戻らない人を待たなくてもいいんだ。その傘は約束の証、僕は必ず戻ってくるから。だから、……待ってて」  少女が打たれたように顔を上げ、震える瞳から大粒の涙を零す。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加