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「蝶野未由、さん?」
朝早く人気のない、大学内の図書館。この階に先客はいなかったはず。
急に静寂が破られたことで、本棚の書籍に伸びた私の手は止まった。爪先立ちしていた足を下ろし、灰色の絨毯の上に踵(かかと)を置く。
背後から聞こえたのは、少し高めの声。様子を窺うような、でも溢れた自信を隠しきれていないような。書籍に埋められた本棚と、椅子と寄り添う太い机とが半々で佇む室内に、やけによく通る。
聞き慣れない声が誰のものなのかを考えるよりも先に、自然と後ろを振り向いていた。
「――――誰、ですか?」
案の定、そこに立っていたのは知らない男の人。
一瞬だけ動揺した心もすぐに治まった。見覚えがあるような気がしないでもないけれど、知り合いではない。
女の子が騒ぎそうな、楚々とした中性的な顔立ち。小柄な私とは差がある長身に、しなやかなラインの体躯。肩幅は広いのに腹は薄い。私よりも艶やかな、色素の明るい髪。総じて異性から騒がれそうな、居るだけで同性から嫉妬を買っちゃうような容姿。
こんな綺麗な男の人、私は知らない。
「え……俺のこと、知らないの?」
私の返事が意外だったようで、彼は瞬きを繰り返した。
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