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百合花たちの足音が遠くなるのを背に、
再び視線を一室へ向ける。
一葉はたまきを腕の中から解放し微笑みかけていた。
(あぁ、恐い恐い)
(アタシ等も気を付けないとね、あんな風になりたくなければ)
部屋を囲む暇な遊女たちは他人事の様に口を開き、誰ひとりとして一葉を哀れむ者など居なかった。
私は眼を細め、
一歩、
また一歩。
一葉に歩み寄った。
「姉さん、これ」
懐に手を入れ布を取り出す。
「唇(クチ)、切れてますよ」
私自身、こんな行動をとるなんて自分が一番驚いている。
此処には哀れんでもらう者はいるが、哀れむ者なんて誰ひとり居なかった。
皆、自分自身のことで精一杯だからだ。
もちろん、
私も‥その、ひとり。
一葉は驚いた顔をしながら、私の伸ばした掌から布を受け取った。
「ありがとう」と呟いて。
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