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その晩は、
ザ ァ ザ ァ。と雨が降る生憎の天気だった。
ひとり、ふたりと仕事が終わり、私はまたいつもの様に部屋の窓から外を眺める。
格子の隙間から腕を伸ばすと、大粒の滴が ボタ。
下の階からは女中(じょちゅう)の声が床を越して聞こえてくる。
(表には誰ひとり通りやしないね。
まあ、この雨じゃあ仕方ないって言ったら仕方ないけどさ)
客が入らないこんな日は、大抵の遊女は部屋へ籠り文を書く。
相手は誰でもいい。
また来て頂けるよう、金になりそうな客へ手紙を書く者も居れば、好きな男へ手紙を書く者もいる。
私は‥
誰に書こうか。
机の上に置かれた紙や筆は用意された時のまま。
好きでもない男に
“好き”だの“逢いたい”など嘘を吐くのは床の上だけで十分。
だからと言って想い人も居ない。
「さて‥どうしようか」
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