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午後七時の客の波を乗り切ったあと、彼は新人店員に、何かあったら呼ぶように、とだけ伝えて、事務所に行った。赤を基調とした制服を脱ぎ、事務机の前で雑誌を読む背中へと歩み寄る。
「ここ、寒いだろ」
もう一つの回転椅子を引き寄せながら、彼は言った。彼女は肉まんをちびりちびりと食べながら、読んでいた雑誌を閉じて、首を振る。
「平気」
瑞希の右隣に座って、彼は机に頬杖をついた。
「バスはどうしたんだ、いつもバスで通ってるべ?」
彼の言葉に、彼女は肉まんを頬張ったまま、俯く。ゆっくり咀嚼し、嚥下してから、小さい声が何かを言った。
「……ん?」
聞き取れなくて、彼は首を傾げ、耳を寄せる。バツの悪そうな目をして、口元は照れ笑いの彼女は、深呼吸をしてから言葉を紡ぐ。
「バスは乗り遅れたの。次は一時間も先だし、お母さんは免許ないし、お父さんは出張だし。だから歩いて帰ろうと思ったの」
うん、と、彼は頷く。
「道は凍ってるし、滑るし、何度も転びそうになって」
瑞希の顔が険しくなる。唇を噛んで、彼女は口を開く。
「どうして、ここの人はお節介なの。どうして、他人に優しくできるの」
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