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「雪割草って知ってるか?」
帰りの車中、渡部が唐突に聞いた。瑞希はおでんの大根の塊を飲み込みかけて噎せる。
「何、それ? 黄色い花の?」
彼女の問いに、渡部は笑った。嫌みが混じっていない、綺麗な笑い声だった。
「それは福寿草だな」
ふうん、と、彼女は相槌を打ちながら、白滝を口にした。手中のおでんはもちろん、渡部の奢りである。
「春になる頃に見さ行くべ」
言われて、彼女は外を見た。吹雪ではないが、牡丹雪が舞っている。例年より早いと、天気予報で言っていた。山沿いは積もるのだそうだ。
「春、かぁ」
おでんに執着をなくして、彼女は嘆息する。
「遠いなぁ」
十二月初旬では、まだ冬の初めである。これから、一月、二月と、冬は続く。
「東京さ戻ればすぐだろうなぁ」
渡部の言葉に、彼女はそちらを振り向いた。きょとんと瞬いて、彼の横顔を凝視する。
「東京さ戻りたいって言ってたべや」
夜更けのドライブのせいなのか、渡部の横顔が怖かった。怒っているような気がした。
「戻りたいよ」
顔を逸らして、目を伏せて。彼女は言葉を紡ぐ。
「けど、戻ったら、雪割草って花が見られないし」
渡部は無言だった。
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