児童館の手

2/3
前へ
/19ページ
次へ
 これは確か、私が小学校三年生位だった時の話だ。  その頃、私は夏休みになると、毎年のように母方の爺ちゃん婆ちゃんの住む団地へ泊まりに行っていた。そこは熊本県の片田舎で、子供が遊べる場所といえば、団地の近所にある児童館しか無かった。  児童館とは、幼児から小学校位までの子供向けの施設だ。玩具が置いてある部屋があったり、小規模な図書室もあった。私が利用していたのは主に図書室だったが、ある日児童館を訪れると、児童館内で肝試しが催されていた。  普段玩具などが置いてある一室に暗幕をはり、児童館職員の方が幽霊に扮して入ってきた子を脅かす、というあまり本格的ではない肝試しであった。学芸会のおばけ屋敷のノリである。  そう怖くもなさそうだったので、私は気紛れにその肝試しの部屋に行った。入口にいた説明役の職員さんから「出口に景品の鉛筆があるから、好きなのを取っておいで」と言われて、肝試しに挑んだ。  予想通り、それは全く怖く無かった。鎧には誰か入っているのが遠目からでも解ったし、幽霊に扮した職員さんに至っては、ただの白い服のお姉さんだった。そんなのに「うらめしやぁ」などと来られても、ただの頭のおかしい人にしか見えないというものである。鳥居みゆきの方がまだ怖い。  すっかり興ざめした私は、とっとと出口から外へ出た。出てしまってから、景品の事を思い出した。取ってくるのを忘れたのだ。  しかし、景品といっても鉛筆である。わざわざ戻るほど欲しいものでも無かったので、まあいいや、と私は帰ろうとした。  その時、背後で「カラン」と音がした。  振り返ると背後の小窓が開いていて、そこから鉛筆を握った手が出ていた。きっとさっきの、鳥居みゆきにも劣るニセ幽霊が、景品を取り忘れた私を見ていたのだろう。  私は「あ、どうも」と鉛筆を受け取り、ポケットに突っ込んだ。手は私が鉛筆を取るとすぐに引っ込み、小窓は閉まった。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加