139920人が本棚に入れています
本棚に追加
「や、止めろ……!」
すでにフラフラになっていた啓祐ができたのは、敵に対して情けなく懇願することだけだった。
無駄だとわかっている。それでも啓祐の想いが溢れた。
しかしそれは奇跡というべきなのか、啓祐たちを分析したユリゼンがどう判断したのかはわからない。
とにかく啓祐の言葉が届いた。
ユリゼンは夏樹から刀を抜き、血を払いながら啓祐の方を向いた。
「来い……!」
啓祐がフラフラと剣を構えると、一度胸から血が噴出した。
今向かって来られても、まともに戦えるかはわからない。
それでも今、やれるのは自分だけだ。
何とか剣を掲げるも、啓祐は震える手を止められず、剣を落としてしまった。
その時、ガラスが割れる音が聞こえた。
そして夏樹のか細い手がユリゼンの足首の甲冑を掴む。
「"…………"!」
夏樹が何かを唱えると、ユリゼンは何か見えない力によって地面に叩き付けられた。
ユリゼンを中心に床に刻まれた十字が示すのは、紛れもなく強力な魔法の一つ。それに巻き込まれたユリゼンの甲冑はバラバラに吹き飛び、消滅した。
敵を撃破したことを確認すると、夏樹は安堵の表情を浮かべた。そして、いないはずの神に感謝した。
"限界"を超えてもなお、自分を動かしてくれたことに関する感謝。
夏樹はゆっくりと目を閉じる。
啓祐はそんな夏樹の姿を見て、酷く動揺した。
「な、夏樹!待ってくれ!」
初めは予感めいたものからではあったが、夏樹の身体が徐々に光を纏っていくのを見ると、それは最悪の確信へと変わる。
「…………」
夏樹は目を閉じたまま何かを言った。届かない声は、夏樹が啓祐に伝えたかったもの。
その口の動きから啓祐が読み取れた言葉は「ありがとう」だった。
啓祐の目には自然と涙が溜まり、受け入れがたい現実に押し潰され、膝から崩れた。
「嫌だ……。なんで……」
このゲーム世界で最も嫌いな瞬間が、この、プレイヤーが光の粒となって消える時。そしてそれを見届ける瞬間だ。
【死亡:相馬夏樹】
最初のコメントを投稿しよう!