第一章

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 身動きが取れずにいると、軽く私を引っ張り、自分に引き寄せて、私が持っていたトレーごと、マスターに渡した。 「はい、どうぞ」  マスターは笑顔で受け取った。 「ありがとうございます。」 (マスター、笑ってる場合じゃないって…) とりあえず、手には何も持ってないので、ジタバタともがいたり、襟首を掴んでいる手をなんとか離そうと、頑張った。(全然離しやしないよ、この人)  もがく私を自分の方に引き寄せて、正面を向けた。今、私が上から見下ろした感じになった。 (何となくかおが近いし)  芹沢さんは、満足げに微笑んでいる。 「もう忙しくないよね?」  下から、覗き込むように言った。 「いやいや、今からあれを洗わなきゃいけないんですけど?」 そう、私は仕事をしに来たんだから、芹沢さんに構ってる暇は無いのだ。 「ねぇ、洋司、僕ちょっと、真琴ちゃん借りていいよね?」  笑顔で言ってるけど、語尾は「"はい"しか聞かないよ」って言ってますけど?しかも、マスター呼び捨てだし…。芹沢さん、確か25ぐらいだったはず。  芹沢さん、あなた何ものなんですか?そして、私何かしましたか?  色々と考えを巡らせてるうちに、いつの間にか、腕を掴まれて、連れて行かれた。  まぁ、襟首持たれたままよりずっとマシだけど。  着いたところは、カウンターの奥の洗い場。 「えっ?何で洗い場?」  そう言えば、用が済んだら仕事にもとるって言ってたっけ?もしかして私にだった?掴まれたことに気を取られて忘れてた…。なんてバカ。  芹沢さんは洗い場のシンクにもたれている。お客さんなのに店の奥に来るなんて、どうなんだろうな?と思っていると、私をジッと見ていることに気付いた。 「真琴ちゃん、返事聞きたいんだけど」 真剣な目で私を見据えながら言った。 「えっ?何ですか?返事って」  全くもって身に覚えがない…。
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